本名:小林雅人

生年月日:1979.3.10生まれ

通称:反逆のカリスマ

戦歴:63戦55勝6敗2引き分け

(ちなみに6敗の内訳は、小比類巻:1敗 アンディサワー:2敗 アルバートクラウス:1敗 ブアカーオ:1敗 スリヤー・ソー・プルンチット(アテネ五輪銅メダル):1敗 計6敗)

 

2002年K-1が新たな階級、ミドル級をスタートしました。名前をK-1MAX。

K-1ヘビー級全盛期の中、始まったK-1MAX(70kg級)。魔裟斗という存在が居たからK-1MAXをスタートさせたと思います。そして、魔裟斗はその勤めを120%果たしてくれました。

魔裟斗が引退した後のK-1MAXを観る限り、魔裟斗の存在は絶大でした。K-1MAXの魔裟斗ではなく、完全に魔裟斗のK-1MAXでした。

自分の知る限り魔裟斗は幼少時代からスポーツ少年でした。水泳・バスケットに打ち込んでいます。そして格闘技を始めたのは15歳の時。最初はボクシングをやってました。ヨネクラボクシングジムで練習を重ねプロテストを迎えることになります。しかし、ここでプロテストをドタキャン。その後、17歳でキックボクシングジムへ入門。キックボクサー魔裟斗の誕生です。この「魔裟斗」という名前は当時所属していた藤ジムの会長が付けてくれています。ちなみに魔裟斗は2番目に提案された名前で最初に提案されたのは「藤 山海山(ふじさんかいざん)」。 最初の提案はふざけたのでしょうか?魔裟斗で本当に良かったです。

その他、詳しい戦歴などはこちらを参考にして下さい。

 

本当に魔裟斗はK-1を通してキックボクシング・立ち技格闘技を盛り上げてくれました。魔裟斗がK-1を盛り上げてくれるから多くの選手がK-1に夢を見て切磋琢磨したのは間違えないと思います。

K-1MAX当初の魔裟斗は完全にヒール的な存在だったのを覚えています。ビックマウスでヤンチャな風貌。万人受けするタイプでは決してなく、対照的な小比類巻と人気を二分していました。しかし、世界を取ったのは魔裟斗でした。世界と常に張り合ったのは魔裟斗でした。

魔裟斗は努力の天才。そう呼ぶ人がいます。

練習から一切手を抜かず、試合では絶対に逃げません。危険な場面でもバンバン打ち合います。

そして、言動や振る舞い、その風貌は試合を重ねるたびに人を惹きつけてきました。

色んなものを背負い、闘い、掴み取った男です。こんな記事ですべてを表現できる選手ではありません。

魔裟斗選手の引退試合前のPV動画:魔裟斗選手の想い、格闘家人生が詰まっています。

魔裟斗選手引退試合:過去に2度負けているアンディサワーに挑みました。

K-1MAX2003決勝戦:対アルバートクラウス

K-1MAX2009決勝戦:対アルトゥール・キシェンコ 決勝戦は途中から覚えてない見たいです。

 

改めて観ると本当にすごい選手だったと感じます。