名前:藤原 敏男(ふじわら としお)

生年月日:1948年3月3日

愛称:キックの荒鷲

出身:岩手県宮古市田老鉱山

体格:身長168cm、体重61kg

戦歴:141戦 126勝 99KO 13敗 2引き分け

初めに言っておきます。本当だったらこの方を「歴代選手紹介」の一番にもってきたかった。でも今の人は魔裟斗の方が知ってるから先に魔裟斗を紹介しました。

藤原敏男さんはプロ野球界でいう王さんのような存在です。沢村が長嶋。魔裟斗がイチロー。

まずお伝えしたいのは外国人として初めてムエタイの頂点・ラジャダムナン王者となりました。それも選手層の厚いライト級で。

ファイトスタイルはキックの荒鷲と呼ばれるほど激しい攻撃力を持ち、一時代を築いた強豪である。ムエタイ現役王者をノンタイトル戦で現地バンコクでKO勝ちなど何度も勝利していることから、タイ人以外のムエタイ王者としての実績は文句なしにトップです。

この頃のスポーツ界は現在のような理論的なトレーニングではありません。そのかく、根性でトレーニング量をこなす。その積み重ねで強くなる。これに尽きる練習スタイルです。

藤原選手の練習は一日10時間以上と言われています。キック界では語り継がれる伝説です。

朝の練習

  • ロードワーク・10〜15キロメートル
  • 縄跳び・ストレッチ・1時間
  • シャドーボクシング・1時間

昼の練習

  • サンドバッグ叩き
  • フットワークを鍛えるため、つま先だけで移動
  • 各技を反復練習

夜の練習

  • 通いの練習生とスパーリングを21時まで
  • 21時以降は曜日毎に変えて講道館で柔道・拓大レスリング部・角海老ジムでボクシングと出稽古に行く。

※wikiより。

 

これだけの練習を行っていたそうです。そして試合の日はラッキーだったそうです。試合の日は練習がないからです。計量してご飯食べて寝て、試合。それだけ毎日きつい練習を積んでいたんですね。

そんな藤原選手も初めから強かったわけではありません。

2戦目でタイ人と当てられて、14回もダウン奪われて判定負け。

3戦目もタイ人ぶつけられて、17回もダウン奪われて判定負け。

この経験がこのままでは終われないという気持ちを作り、上記の練習量を生み出したようです。それにしてもなんどダウンを奪われても立つのが凄いです。

キックの一時代を築いた藤原選手、当時はメディアも多く取り上げ人気もありテレビ中継は当たり前。今のキック界よりも選手の活動環境は整っていたようです。

藤原選手の全盛期のファイトマネーは300万(現在の価値で約3000万以上)

石原慎太郎は、忘れ得ぬ格闘家として藤原敏男を挙げ賞賛を惜しまない。と表現しました。敵地タイでもスーパースターで今でも空港に着くとレッドカーペットが敷かれるようです。

日本からムエタイ界への扉をこじ明けたのはこの藤原選手であることは間違えありません。

正直、ここには書ききれないほどの選手です。

詳細は下記リンクから参照してください。

『藤原敏男wikiページ』

『現代ビジネスさんでのインタビューページ』